3回目の出場となるIRONMANマレーシアのレースレポートです。諸般の事情でスタートまでが異常に長くなりましたが、世の中にはこういうアホも居るんだなと、ご笑覧頂ければ幸です。それでは詳細です。
午前2時30分
携帯のアラームで起床。
昨夜は19時に布団に入ったが21時過ぎまで寝付くことができなかった。
現地入りしてからもずっと仕事のことが頭から離れず、前日のトイレコントロールもうまく行かなかった。今回は1人で参加しているので気を紛らわす相手もいない。その為、一度ネガティヴに傾いた思考を戻すことができなかった。
少し眠気を感じつつも、いつも通り、アルファ米とサバ缶、しじみ汁の食事をとって、いざイチジク浣腸の時間へ。
頑張るところが間違っているぞと自分に突っ込みを入れつつ、せめて身体の不安だけでも取り除きたい一心で過去最長の10分我慢。しかし満足いく結果は得られなかった。(常習していません、レース前だけです)
これまでで最もレースに集中できない状態で部屋を出た。
午前5時
フロントで予約しておいたタクシーに乗ってスタート地点まで移動。約30分で着くので、一瞬、途中のシャトルバス出発点でおろしてもらう事も考えるが、早く着くに越したことはないと思い直し、そのまま移動。(後にこの選択で助けられた)
会場到着後は、事前に用意した準備内容のメモに従い、さっと準備を終えてトイレの列へ。ラストチャンスにかける。
先にスタート予定の70.3の選手がいて既に長蛇の列。途中異常に長い人が数名いて、なかなか進まなかったが、ようやく自分の番が来た。
少し出すことができてホッと一安心。心に余裕が出来て、長かった人はトイレでで着替えでもしていたのかなと、お尻を拭きながら考える。
ん?着替え?そう言えば何故私は今Tシャツと短パン??
はっ!トライウェアを着てくるのを忘れたっ!
信じたくない痛恨のミス。急いでトイレを出て時計を確認すると6時45分。スイムスタートは7時52分。タクシーで片道30分だったので往復1時間。タクシーを探す時間やホテルで着替えを取りにいく時間を考えると間に合わない可能性が高い。
スイムスキンだけあるのでそれで最後まで行くか?
いや、スイムだけでも擦り傷ができるのにバイクとランをこれでこなせるとは思えない。
なら全裸?
イスラム教徒が多いマレーシアでは犯罪だ。と言うか日本でも捕まる。
迷っている時間はない。スイムはローリングスタートなので、最後尾なら5分遅れても間に合うはず。一か八か、ホテルに帰ろう。そう決めて一人全速力で逆方向に走り、スイム会場を出た。
早速、Grabでタクシーを手配するが、集合場所で行き違いがあり5分ロス。事情を説明して、猛スピードでホテルまで走ってもらう。
車の中では、夏の八ヶ岳合宿や最後の耐暑訓練など、今までの準備が走馬灯のように次々と浮かぶ。これでスタート出来なかったら、今までの努力は何だったんだ。心が乱れ、全身から力が抜けていく。
その時、LINEに日本のトライアスロン仲間から応援のメッセージが。事情を伝えると、「焦らなければ間に合う。ピンチの時に冷静になれるやつに神は微笑む」と一言。その言葉に少し冷静さを取り戻して深呼吸。
しかし、最速ルートがレースによる規制で通行止め。急いで迂回路に回るがこれで約5分のロス。
焦るなと言い聞かせながらようやくホテルに到着。すぐ戻るからここにいれくれ。そうドライバーに伝えて荷物を抱えて猛ダッシュ。部屋に入って、過去最速の着替えを済ませてロビーに戻ると、どこを探してもタクシーが居ない。嘘だろう、万事休す。。。
膝から地面に崩れ落ちそうになるところを何とか堪えて、再度Grabでタクシーを探す。奇跡的にすぐ近くにタクシーが。
車に飛び乗り事情を説明し、猛スピードで走ってもらう。若い兄ちゃんだが、優れたドライバーで迂回路のことも知っているし、途中、レースのために三角コーナーで規制された車線にも侵入し、どんどん車を抜かして進んでいく。
今の自分にやれる事は、いつでもスイムスタートできるように準備することだけだ。日焼け止めを塗って、スイムスキン、キャップ、ゴーグルをはめる。この姿でタクシーに乗っているアホは世界でも一人しかいないだろうと思いながら、準備運動を開始。
スイム会場が見えてきた。時計は7時50分。会場前の道が渋滞しているが、ここから走れば間に合いそうだ。お礼に50リンギットを追加で払って猛ダッシュ。試泳で心拍数を上げられなかったので、その練習だと思えばいい。
既にストリートギアバッグの回収が終わって荷物を預けるトラックがいない。真面目そうなインド系の応援者に、大会スタッフに渡すように頼み、最後のダッシュ。
間に合った。かなり後方からのスタートではあるが、とにかくレースが出来る。試泳が出来ていないので、最初は無理せず自分のペースで泳ごう。そう言い聞かせて、ようやくスイムスタート。
スイム
既に大量の選手が泳ぎはじめている。
後ろからスタートするのは遅い選手ばかりなので、抜かすのに少し手間取るが、最初の1kmは準備運動だから無理するなと言い聞かせる。
途中、追い抜く際に私のプルの手が当たった選手が怒って私の身体を沈め返してくるが、ここでも自分のスイムの注意点を頭の中で唱え、集中力を保つ。
- 右呼吸後の右手の入水時に、頭を一緒に下げない(無駄な上下動が抵抗生むし、左手プルで水を捕らえにくくなる)
- 左手プッシュ時の上半身ローリングを確実に行い、右手を肩から前に出して遠くの水を掴む
- リカバリーは脱力して無駄な力を使わない
1周目が終わり、砂浜を走りながら時計を見ると30分20秒。2年前より約2分速い。前半はペースを抑えたので、後半多少遅れても目標の1時間3分を達成できそうだ。2周目はスピードを上げて、前の選手をさらに抜かしていく。
すると、残り800m付近で突然、今まで頭を悩ませていた仕事の問題について対応方針が浮かんだ。これでようやくレースに集中できる。清々しい気持ちでスイムアップ。
時計を見ると1時間1分。2年前が1時間7分で、同じくノンウェットの昨年のコナが1時間6分。まさかこんなに良いタイムが出ると思わなかったので一気にやる気が高まる。
【スイムデータ】
時間 : 1時間1分52秒(1:38/100m)
距離 : 3909m
平均心拍数 : 143
最大心拍数 : 149
ストローク距離 : 1.83m
ストロークレート : 34spm
トランジション1
濡れたウェアを着るのに少し手間取ったものの、トランジションも順調にクリア。ケアンズで手こずったグローブは無くして手順も短縮。素早くアミノショットとマグオンをとってバイクへ。
バイク
今回はパワーを上下させないない事(NPと平均パワーの差を抑える事)に注意して、リラックスして最初の登り区間へ。
体調はかなり良く足は軽い。八ヶ岳合宿の効果か、登り区間がとても短く楽に感じた。
30分に1回のエネ餅補給と水分摂取、ミネラル摂取も確実に行う。今日は調子が良い。もしかしたら5時間前後を期待できるかも知れない。そう思いながら、いつもより15wほど高い225w-240wで進む。(これが後の大きな問題の一因になったと思われる)
50km過ぎの急坂区間もパワーを上げ過ぎる事なく順調にクリア。いい調子だ。ちょうど力が合いそうな選手が前後に1ー2名ずついるので、ドラフティングに注意しながら一緒に進もう。
そうして10kmほど進むと、60km付近から首の後ろあたりに少し熱を感じ始める。定期的に水をかけているものの強烈な日差しが降り注ぎ、体温が上昇しているようだ。自分の鼻息も熱い。これは風邪で熱を出した時と同じ症状なので心配だ。
70km付近で、昨年のKonaで知り合った同い年のYさんに追いつく。一声かけて前に出るが、さら身体が熱く、残り100km以上あることに不安を覚え始める。
折り返しが近づいた85km付近。30分に一度の補給の時間が来たのに、全く食べる気が起きない。ぬるくなった水も口に入れた瞬間、身体が拒否反応を起こす。飲めない。唯一、エイドステーションで受け取った冷たい水だけが飲める、と言うか欲しくてたまらない。水だけ飲み過ぎたら、更に身体がおかしくなると分かっていても飲みたい。飲み過ぎて胃がタプタプし始めたので、飲み込むと気持ち悪いが、それでも、とにかく冷たいものを喉に通したい。その状態になって初めて自分の身体がおかしくなっている事を自覚した。
熱中症か脱水症状か、それとも他の何かか。それは分からない。でも、もはや今のペースは維持できないし、すべきでもない。レースの順位やタイムの事は考えるな。そう言い聞かせて集団から一人遅れる。
パワーは190w-200w前後に低下。エイドステーションで冷たい水を3本受け取って、冷たいうちに飲んで全身にかけて、一瞬、復活。無くなったら次のエイドステーションの事を考え、そこまで耐える。その繰り返し。
2年前は2回のスコールで身体を冷やすことができたのに、今年は全くその気配がない。首に当たる日差しが暑すぎる。
150km過ぎの急坂を下り終わった後から、右のブレーキが効かなくなった。もし左も効かなくなったら、と言うことが脳裏をよぎるが、それは考えない事にした。今、自分がコントロール出来ることではない。
残り30kmくらいからは、クーラーが効いたトランジション会場の涼しさと大量の氷を想像して、そこにたどり着けば復活すると言い聞かせて走る。
長かったバイクがようやく終了。タイムは5時間19分。2年前より3分も遅いが、もはやそんな事は気にならず、バイクを終えた事に安堵した。
【バイクデータ】
時間 : 5時間19分22秒(33.82km/h)
平均心拍数 : 139bpm
最大心拍数 : 153bpm
平均ケイデンス : 75rpm
平均パワー : 206w (FTP71.5%)
NP : 214w (FTP74% VI 1.039)
総上昇量 : 1409m
トランジション2
クーラーが効いたトランジション会場に入り、バッグを受け取って椅子に座る。すると90km付近まで一緒だった選手の一人がいた。今からでも急げば順位を上げられる、でも少しでも涼しいこの場に居たい。その間で揺れる。
一度動きを止めると動き出せない気がして、ゆっくりでもトランジションの手順を進めて、何とか完了。後は氷だ。
予め爪楊枝で多数の穴を開けた、一辺30cm以上の大型ジップロックを2枚持って、会場内のエイドステーションへ。ジップロックに大量の氷を入れて、左右の鎖骨周辺のトライウェアの下に挟むと、一気に気持ちが前向きになった。まだやれるかも知れない。1km5分ペース、合計3時間30分でも良い。歩かずに完走しよう。そう思って炎天下のランコースへ。
ラン
最初は身体が興奮しているのか、氷の効果で一時的に元気になったのか、暑さをあまり感じない。4:30/kmほどのペースで進む。
しかし、2kmほど走ると暑さを感じるようになる。2km毎のエイドステーションでは、なるべく止まらないようにしながら、冷たい水をかけ、コーラを飲み、氷を両手に持ちつつ、口にも入れて、体温が上がりすぎないようにした。ジェルを口に入れる気は起きない。
10kmのエイドステーションの終わりで、水のボトルをゴミ箱方向に向かって投げたが大きく外れた。すると、その行為を審判に見られて1分間のペナルティー。これでペナルティーが取られるのかと思ったが、ここでも今できることに集中だと言い聞かせて、その場で1分待つ間にジェルを無理矢理1本飲む。
走り始めると、TRIONの夏合宿に誘って頂いたHさんが目の前を走っている。その先の折り返し地点を曲がると、すぐ後方に同い年のYさんもいた。知り合いが近くにいることで力をもらうが、徐々にスピードが出せなくなってきた。前方を走るHさんとの距離が広がらないように食らいつく。
何とか、クーラーが効いたトランジションエリアに戻ってきた。これで約20km。大量の氷を補給しながら、今からの12kmを耐えれば残りは10km。10kmなら週末のランニング練習と同じ距離だから最後まで走れるはず。そうやって残りの距離を分解してポジティブに考えられるようにする。
再度、炎天下のコースの出ると下腹部と左ふくらはぎがつりそうになったので、塩熱サプリを4つ、コムレケアゼリー1本を摂取。着地の衝撃を抑えるためにスピードよりもフォームを意識する。
途中、すれ違う日本人選手から名前を呼ばれ、頑張ってと声をかけてもらえる。誰かわからなかったが、知り合いがほとんど居ない中、名前で応援していただいた事に力をもらう。
そこから約10km走って折り返すと、今度はYさんがすれ違う時に「ナイスラン!」と声をかけてくれる。最も苦しい時に、前を走る仲間を励ます姿勢に敬意を感じ、更にやる気が高まる。
残り10kmの32km地点まで、何とか1km5分未満のペースを保つんだ、それに集中してひたすら体を動かす。
ようやく32km通過。既に好タイムは期待できず、順位も考えられない状態だが、ここから集中力を保ち、完走を確実にするためには、ストレッチ(容易には届かない)、なおかつ実現可能な目標が欲しい。残り10kmを1km5分10秒くらいで行けば、合計タイム10時間は切れそうだ。それを目標に走る。
残り8km、残り6kmと少しずつ距離が少なくなり、残り4kmの時点でようやく完走出来そうだと感じる。しかし、今年のヨーロッパ選手権のゴール直前で倒れて優勝を逃したSara True選手を思い出して、最後まで油断するなと言い聞かせる。今気をつけるべきは、つりそうな左脹脛を守る事だ。
ようやくゴールのレッドカーペットが見えてきた。長かったこのレースも終わり。過去5回のアイアンマン レースと比べても、最も過酷で苦しいレースだった。もう走らなくていいんだ。喜びよりも、完走できた安堵感に包まれてゴールした。
最後までずっと近くで走り続けたHさんも直後にゴール。硬い握手を交わす。
【ランデータ】
時間 : 3時間27分3秒(4:55/km)
平均心拍数 : 135bpm
最大心拍数 : 143bpm
ピッチ : 186spm
上下動 : 7.4cm
上下動比 : 6.8%
接地時間 : 232ms
歩幅 : 1.08m
ゴール後
ゴール後は、食事エリアに行って少しでも身体を回復させねばと思うが、水以外摂取することができない。ウォーターサーバーの前で座っていると呼吸が苦しく体も全く動かなくなった。私の様子を見た他の選手が声をかけてくれるが反応できない。立つこともできず、スタッフに抱えられて車椅子に乗り、そのまま医務室へ。
医務室では医師が私に状況を聞きながら身体を冷やし、足を持ち上げ、血圧や血糖値など状態を確認する。呼吸が苦しく身体も動かせないが、意識はあって、ゆっくりでも会話が出来る。これなら死ぬことはないはず。そう言って自分を安心させる。やや低血糖状態とのことで点滴を準備してくれるが、注射は避けたいと伝えると、わざわざパンを持ってきて口に入れてくれる。その後、タオルで身体を温めてもらい、1時間近く簡易ベッドで休んだのだろうか、ようやく起き上がれるようになった。
その間、献身的な手当てをしてくれたDr.Fariqに心から感謝の意を伝えると、それが自分の仕事だから当然だよと笑顔で返してくれる。その優しさに胸が熱くなった。
テントに戻って、Yさんと互いのゴールと健闘を喜んだが、今度はテントで食べたミネストローネとパスタが胃に合わなかったらしく急激な吐き気が。Yさんはそんな状態の私の荷物を持って、タクシーまで手配し、途中まで一緒に帰ってくれた。Yさんも右足の裏の皮がめくれたそうで、足を引きずっているにもかかわらずだ。
アイアンマン レースは一人で参加するものではなく、家族や仲間と助け合い、喜びを分かち合うべきもの。それが今回得た学びの一つだ。
ホテルに戻っても歩けず、車イスで部屋に運んでもらう。トイレに直行し胃の中のものを全て吐き出すと、ようやく吐き気が治まった。そしてそのまま便器の横に寝てしまい、長い一日が終わった。
アフターパーティー
過去5回のアイアンマン レースで、ウェルカム・アフター共にパーティーに参加したのはKonaの一回だけ。今回、3位に入ったのでアワードパーティーに初めて参加した。
Yさんと、昨年のKona以来1年ぶりにじっくり話す。彼は私のことを兄貴と呼んでくれるので、末っ子長男の自分としては少し慣れないが、その気持ちがとても嬉しい。今回4位だった彼は、私と同じく来年のKonaをスキップ。それぞれ別の大会に出る予定なので、次に一緒のレースに出るとしたら再来年以降になる。それまで何度会えるか分からないけれど、練習の時に互いの事を思うのは間違いない。人生を豊かにしてくれる、かけがえの無い関係に感謝だ。
各エイジグループの表彰が始まる。自分のカテゴリーが呼ばれて表彰台へ。圧倒的なタイム差をつけられた相手はどんな人なのだろう。楽しみにしてステージに上がると、二人とも自分より10歳以上歳上と思われる。タイムだけでなく、見た目もはるか先を行かれてしまった。
パーティーの終わりにプロ選手のテーブルに座っているRomain Guillaume選手に挨拶に行った。彼は2年前のこの大会の優勝者。ランで周回遅れになった私と10kmほど並走し、優勝を確信した時に私に「ビール奢るよ!」と声をかけてくれた。その時の話をすると覚えていて、そう言えばビールもらってないんだけどと冗談を言うと奢ってくれた。もうこれでマレーシアに思い残したことはない。清々しい気持ちでIRONMAN Malaysiaが終わった。